話題

POCTの現状と課題

天理よろづ相談所病院臨床病理部

松尾収二

はじめに

 POCT、こんな名前なんか聞いたことがないと言われる臨床検査技師の方々は多いだろう。POCTは、Point of care testing の頭文字をとったものであり、ピ・オ・シ・ティと呼ぶ。欧米ではポピュラーな名称である。日本語は「臨床現場即時検査」と呼ぶことが提唱されている。簡単に言えば、患者さんの傍らで行う検査である。何だ、ベッドサイドで行う簡単な検査のことか、と言われるだろうが、意外と考えさせられることは多い。
 筆者は、日本臨床検査検査自動化学会に設けられたPOC推進委員会の委員長となり、あれこれと活動するうちに気づいたことがある。それは本文でも述べるが、「我々は未だ臨床検査を手中に治めていない」と言うことである。我々が知らないところでさまざまな検査が行われているにも拘わらず、その実態を知らないし、ましてや管理もしていない。
 POCTは、これからの検査のあり方の一つを教えてくれる。本文は、他誌に投稿したものと重複しているが、より多くの方々に啓発したいとの思いなのでご了承頂きたい。

POCTは検査の仕組みである。

 POCTは,診察室,ベッドサイド,手術室,ICU,在宅などcarepointで行う検査である1)。英語で、Bed side testNearpatient testingOn-site testMini-Lab testSpot testSatellite testRapid response testStat Lab test等がよく使われるが、POCTはこれらの総称である。
 POCTの定義は、日本臨床検査自動化学会が発行したPOCTガイドラインにおいて、「POCTとは,被検者の傍らで行われる検査,あるいは被検者自らが行う検査であり,検査時間の短縮および、その場での検査(被検者に見える検査)という利点を有する検査である。そして,迅速かつ適切な診療・看護,疾病の予防,健康管理など医療の質,QOL(Quality of life)および満足度の向上に資するための検査である」と記されている2)。POCTの目的は,日常検査と全く同じである。
 小型で操作が簡便な検査機器・試薬のことをPOCTと呼ぶ人がいるが、決してそうではない。POCTは、診療の現場で行う検査の仕組みである(図1)。小型の検査機器や試薬はPOCTのツールに過ぎず、それらはPOCT対応機器、試薬と呼ぶのが正しい。

POCTとしての検査の対象は広い。

 現在,だいたい表1のような疾患・病態についてPOCTが実施されている。救急救命のための検査から糖尿病,悪性腫瘍など慢性疾患の診断,治療を目的としたものまで幅広い。POCTは、検査機器や試薬の発達によりさらに拡大するであろう。
 POCTの定義では、特に検査材料や項目の範囲を規定していない。血液や尿を材料とした検体検査だけではない。ビリルビンや酸素濃度の経皮測定も該当する。また血圧,心電図,超音波,脳波などの生体検査もPOCTとして捉えるべきである。欧米では臨床検査室で扱う検査と言えば検体検査のことであるが、わが国では生体検査も含まれる。このため幅広く捉えておいた方が現実的である。

臨床現場にとってのPOCTの意義

1.速やかな診断と治療に活かせる。

 POCTは,患者の急変時に行われる緊急検査はもちろんのこと、表1のごとく糖尿病における血糖やHbA1c,悪性腫瘍における腫瘍マーカ,抗凝固療法時の凝固検査など慢性の疾患・病態についても有用である。これらの慢性疾患では、次回の診察までには間隔があるので、その日の検査データで治療方針を決めたい。これらの検査は診察前検査として件数も種類も拡大している。

2.患者が診療へ参画するツールとなる。

 情報開示が進み,検査データの持ち帰りは当たり前となりつつある。20064月の診療報酬改定では、患者に検査データを説明し、それを渡すことで診療報酬が算定できる迅速検査加算が新設された。
 今後、患者が診療に参画する機会はますます増えるであろう。それに併せて検査も患者に身近なものとならなければならない。POCTは,そのための大きな道具となる。最近,診療所においても病院と同様、患者の傍らで検査しデータを渡し説明している施設が徐々に増えている。病院と同じようなサービスをして欲しいとの患者の期待に応えるものである。検査で儲かるということはないが、医師に寄せる評価や信頼の一つとなっているし、医師自身も安心して診療できる。

3.看護に臨床検査を活用する糸口となる。

 臨床検査における看護師の役割は、患者への事前の説明、検体採取や運搬、患者の容態の確認等、患者と医師、医師と検査室との間に入って業務を円滑に勧めることである。しかし、看護師あるいは医師が検査した方が経済的、効率的な場合がある。特に診療所や小規模病院で臨床検査技師がいない場合はそうである。具体的な検査としては、血液ガス、血糖、インフルエンザ抗原、尿検査、心電図などの検査があげられる。
 看護師がPOCTに関わるメリットのもう一つは、検査を身近に感じ看護に活かすきっかけをつくれることである。看護師は臨床検査に対して苦手意識が強い。それなのに臨床検査に関する教育はないに等しい。検査結果の解釈はほとんど医師任せである。看護師がある程度解釈出来れば自ら対応できることもあるし、また幅広い視野で医師と相談できる。場合によっては医師の見逃しをチェックできる。看護師が臨床検査を活用できれば確実に診療レベルは向上する。

臨床検査室にとってのPOCTの意義

1.このままでは臨床検査技師の存在は薄れる

 POCTの測定者は医師,看護師,臨床工学技士等であり、データの管理や機器の管理等も彼ら任せとなっている。2003年に日本臨床検査自動化学会POC推進委員会が委員にとったアンケートでは、POCTの管理に携わっているのは、医師39%、看護師22%、臨床検査技師17%、臨床工学技士13%およびその他9%であった。臨床工学技士の割合が意外と高かった。また驚くべきことに、POCTの管理に適する職種として、臨床工学技士をあげた人が2割程度いたことであった。このままでは臨床検査室はPOCTに関与できない状況となる可能性がある。

2.診療現場へ近づくツールとする。

 昨今、チーム医療と称して感染対策、栄養管理等に携わっているが、POCTも十分チーム医療である。診療現場に近づくために、POCTコーディネータとして活躍できればそれに超したことはないが、そうでなくてもきっかけはたくさんある。病棟での血糖検査の実態はどうか、尿試験紙は適切に使われているか、全血凝固検査の信頼性はどうか、在庫はないか、保険請求はできているか、等々足を運んで聞き取りしていくだけでやるべきことが見えてくる。「まずはやれることから」である。

3.臨床検査室(技師)の活力づくりに活用する。

  足を運び、調査をしていくうちに自分たちの仕事はたくさんあることを知ることが出来る。当院の調査でも、尿潜血試験紙の吐物や便の潜血検査への流用、10種類を超える尿試験紙の使用、期限切れの尿試験紙の使用、バラバラの血糖値、診療報酬の未請求、検査結果の散逸、等々多くの問題が見つかった。自分たちは未だ臨床検査を手中に治めていないことに気づいた。
 POCTは、臨床検査関係者が多職種の職員と協力して患者さんの傍らに立てるチャンスである。POCTは、患者さんや検体が動くのではなく,医療従事者が動く機動力検査である。“どこもが検査室”,“患者中心の検査”の具現化である。

3.管理を通して経済的効率化に寄与する。

   臨床検査室がPOCTの管理に関わることにより、中央化された検査室を含めた検査の効率化、機器・試薬の選択、メインテナンスによる長期の使用、診療報酬請求漏れ防止、在庫整理など施設全体として経済的な無駄が省けることになる。診察現場に任せきりになるとどうしても医師や看護師の独善的なやり方となる。具体的には、前述した当院での例のように悪しき例を一つ一つ解決していくことである。

POCTの有用性を引き出すための方策

1.多職種の連携が必須である。

 POCTにおける測定は,臨床検査技師がやればそれに超したことはないが,現実は難しい。むしろPOCTにおける測定は、医師,看護師等を想定しているところがある。だから、せめてメインテナンスは臨床検査技師にやって欲しいというのが現場の声である。またデータの散逸防止や中央化された検査室のデータとの一元管理も必要である。POCTはあくまでも検査の仕組みの一つであり,多職種の“連携”があってはじめて成り立つものである。

2.運営委員会とコーディネータを設置する。

 野放しに近いPOCTの現状や将来のことを考えると,これを管理する専門家の存在は欠かせない(図2)。POCTに関する運営委員会とコーディネータの設置は必須である。POCTコーディネータは臨床検査の専門家である臨床検査専門医や臨床検査技師が適任であろう2)3)。

 POCTコーディネータの役割は表2に示したごとく,医師,看護師等の測定者への教育・指導,検査の有効活用の促進・監視など広範囲に及ぶ。とりわけ看護師に対する教育・指導は重要である。それは看護師が測定の大きな担い手となってもらわねばならないためである。その際、大事なことは単に測定という労働力の提供ではなく,検査を看護に役立てるよう啓発することである。

POCT啓発活動とコーディネータの育成の現状 4)

 20049月日本臨床検査自動化学会において本邦ではじめてPOCTガイドラインが策定された2)。この中でPOCTコーディネータの重要性が強調されている。そこで、POCTコーディネータの認定制度設立に向け関係団体と話し合って検討することとなった。POCTコーディネータの主力となる職種は臨床検査技師であるが,これまでの流れから医師,看護師,薬剤師,phD,臨床工学技士、そして企業の方たちの役割も大きい。このため認定制度を立ち上げるには時間を要することが考えられる。そこで,臨床検査関係者のモチベーションを高めるにPOCTコーディネータの名称を使いたいとの意見が出た。
 これを受けて同学会あるいは日本臨床衛生検査技師会主催のPOCセミナー等の所定の講習を受けた者に対してPOCTコーディネータの研修修了証を発行することとなった。平成17年度から始まった。全部で12時間(12単位)のセミナー終了後自己申告すればPOCT研修修了証がもらえることになっている。なおPOCセミナーはPOCTの啓発活動も兼ねており、医師や看護師等も参加できるオープンなセミナーである。

POCTの課題

1.臨床検査関係者の共通の認識づくりに取り組む−その後、他団体への啓発

 POCTに関して未だ臨床検査関係者の意識は低い。小型の簡便な機器や試薬のことをPOCTと解釈している方は多いし、POCTという名称さえ知らない方も多い。このような現状を鑑み、POCTについて共通の認識,目標を持つためガイドラインが作成された。ガイドラインの目次を見ると(表3)、備えるべき性能,データ保証の方法,カルテへの記録,コーディネータや管理態勢等が盛り込まれている。これらはPOCTが検査の仕組みの一つであることを念頭に置いて書かれている。臨床医や看護師へ啓発するためには、まずガイドラインやPOCセミナー等を通して、医療施設と企業の臨床検査関係者の共通の認識づくりが必要である。

2.看護師の視点で検査の簡便さを追求する。

 検査機器の小型化,操作の簡便性の追求は目を見張る。手のひらサイズの検査機器も目にするようになった。センサ技術の進歩も著しい。POCTの拡大はこれらの恩恵によるものであり、今度もその恩恵を受けPOCTはさらに拡がるであろう。将来,DNA検査がPOCTとして対応できる時代が来るかも知れない。
 またIT技術の進歩により小型の機器でもデータが蓄積され,データを残すことが可能となった。中央化された検査室のデータと同じように自由に活用できる時代となりつつある。医師や看護師が自由自在に扱えるものを意識してさらに開発が進むことを期待したい。

3.施設内のデータの一元管理をはかる。

 POCTのデータと中央化された検査室のデータを時系列として見られることが理想である。しかし,実際には,POCTはいろんな場所で実施され,その場限りのデータの活用になりがちなためデータが散逸しやすい。またPOCT機器にもデータを保存しこれをホストコンピュータに貯める仕組みも十分整っていない。仕組みを作るには経費や手間がかかるため一気には進まないが,IT技術等の発達により徐々に整っていくだろう。

4.データ保証方法のノウハウを積み上げる。

 POCTにおける検査は簡易な分だけ、出てきたデータの信頼性を保証することは容易ではない2)4)。測定者が臨床検査に不慣れな医師や看護師が行う場合,鵜呑みにされることもある。かといって複雑なチェック方法を用いたのでは検査に時間がかかる。この点はPOCTの大きな課題の一つであるが,POCTコーディネータによる管理,教育,メーカーによる取り組み等が進めばノウハウが蓄積され軽減していくだろう。

5.低コスト化をはかり経済性を検証する。

 POCTは一件当たりのコストが高い。また保険点数もPOCTを特別扱いしているわけではない。POCTに別点数を付けるということは将来も難しいであろう。コスト高というPOCTの課題は,すぐには解消しないだろうが,広がっていけば多少は軽減していくかも知れない。現に血糖,CBC等の小型の検査機器が診療所を中心に導入され低コストが実現した例もある。また設備投資や機器の購入費,人件費等を考えれば決して損ではなく,POCTの利便性が診療の売り物となる。

さいごに

 くどいようだが、POCTは検査の仕組みである。我々は未だ臨床検査を手中に治めておらず、やるべきことが未だたくさんある。「隗より始めよ」

 文献

1)Robert CRWhy testing is being moved

  to the site of patient care. Med Lab Obs 23 : 261991

2)日本臨床検査自動化学会:POCTガイドライン.日本臨床検査自動化学会誌 29

 (Suppl.3)2004

3)坂本秀生:Point-of-Care Coordinatorとしての検査部の関わり.Medical Technology      312922942003

4)松尾収二:POCTガイドラインとコーディネータ精度の動き.MedicalTechmology    331047-10512004